雨と美術館(ルーブル展にて)

やっとの思いで昨日は上野の国立西洋美術館へと足を運んだ。

2009年2月28日(土)から6月14日(日)の期間で開催されている「ルーブル美術館展 17世紀ヨーロッパ絵画」。2月後半からすでに開催されていたにもかかわらず、いつも終了間際に行ってしまう。そのため、会場は人でごった返している。昨日もご想像通り、平日(金曜日)の昼間にもかかわらず、多くの人々で賑わっていた。その日、私は有給を取って観に行ったのだが、あいにくの雨。しかも館内に入場するまでに1時間も外で並ばなければならない始末。平日の昼間でここまでひどいのならば、週末はどれだけ過酷な列並びをしなければならないのだろうか?考えただけでも身震いしてしまう。

さて、前置きはこれくらいにしておき、今回のルーブル美術展だが、観にいった目的はいくつかある。しかし、第一はもちろん私の大好きなフェルメールの作品「レースを編む女」を観るためである。同作品は1669-1670年頃に描かれたフェルメール後期の作品であり、彼の作品中で最も寸法の小さい絵画である(23.9×20.5cm)。風俗的主題である家庭内で編み物をする女性を描いたこの作品では、小さい作品にもかかわらず、手元の針やうつむき加減で手元を見つめる女性の視線や表情、更には画面右側から入ってくるやわらなか光の色使い。フェルメール特有の光と影を見事に描ききった素晴らしい作品であると私は思う。当時のオランダでは、女性は育児をしながら家事をすることが社会が女性に求める姿であったらしいが、まさにこの作品もそのような時代に描かれたものであることは言うまでもない。

この作品の中でよく人々は、クッションから垂れ下がる赤と白の糸の表現法について注目をする。私はこれまで何冊もフェルメールに関する本を読んできたが、それぞれに違う意見が集中するのもこの糸の表現法であった。

この作品が描かれた当時のフェルメールは30代後半。 この頃から蘭仏戦争勃発の暗い影が潜み始め、1672年には戦争開戦となった。この戦争により、オランダ経済に壊滅的な打撃を与え、もちろん、絵画のマーケットにも大きな変化がおとずれた。これまで裕福であった市民が好んで購入した「風俗画」は流行を去り、フランスとの戦争により市民の経済は悪化し、絵を買うどころではなくなっていった。

フェルメールの生活も例外ではなかった。義母が所有する土地の多くを戦争で失い、貸付ていたお金の返済が滞りはじめたのである。そのため、フェルメールは取り立てにオランダ各地を回っていたため、絵を描く時間も十分にとれず、そのため、晩年の作品には彼の繊細な技巧は見られず、簡略化され、絵に対しての情熱を失い、作品全体が雑になっていると指摘する専門家もおり、それは以前の作品と比べるとわかる、と多くの著物に記されている。

「レースを編む女」のクッションから垂れ下がる赤と白の糸の表現法は、ある専門家から言わせると、高度で新しく、且つ流動的な大胆さで表現されており、これまでのフェルメールの作風からの変化であることを強調している。しかし、別の専門家によると、先ほど私がすでに述べたように、絵に対しての絶頂期を過ぎ始めていた頃に描かれた作品であると考えられていたため、糸の部分はあくまでも簡略化されていると指摘する専門家もいる。

私はフェルメールの作品が大好きである。素人なので専門家の意見に物申すほどの知識も無いのだが、私個人としてはやはり前者の「新しいフェルメールの表現法」ではないかと思っている。点描画やカメラオブスキュラ、光彩表現など、これまでに彼が新しい技法で絵を描いてきたように、この「レースを編む女」の糸の部分も、簡略化したのではなく、新しい彼の技法なのではないかと思う。

これまで数多くのフェルメールに関する本を読んできたが、彼の絵のみならず、絵の1枚1枚に、それぞれの画家の計り知れない歴史や関係した人々が存在し、その事実を理解しながら絵を観覧すると、なぜか動かないはずの絵が動いているように見えてくる。絵画はやはり面白いものである。

シンタ

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中